Beyond the Silence

Sound of Science

留学帰国後の臨床と研究の両立

北米研究留学から帰国してもうすぐ1年。

日本の猛烈な暑さを体感しながら、昔からこんなに暑かったっけ?と首をかしげています。35℃超えることとか昔は稀だった気がするけど、今は連日35℃超え。午前中から熱中症警報が出て、近所の公園でも子供たちの姿を見かけない。

 

・・・

 

今日はまたニッチな話題だけど、MD, PhDの帰国後の話。医師免許を持った研究者、博士号を持った医師について、観察範囲内での姿を記しておきたい。自分が今後どうしていくかのメモも兼ねて。

MD:Medical Doctor、医師

PhD:Doctor of Philosophy、学術博士。日本の博士号とほぼ同義*1

 の違いについても向こうで感じたこと、今感じていることを書いてみたい。

 

 

海外研究留学は大きくわけて「ポスドク」と「大学院」の2パターンがあり、前者は日本で博士号もしくは医師免許を取得して海外へ、後者は学士もしくは修士まで取ってから海外で博士号を取得する。ラボがひとりの研究者を海外から雇うということは、その国の市民権を持つ研究者のポストがひとつ失われることを意味するので、その国の研究の発展に一定の期待値が持てる証拠が必要になる。多くのラボが、募集要項の資格条件にPhDもしくはMDと記載しているが、医師の研究能力は大学院で実務経験があるかどうかによって千差万別であるので*2、留学後に実験を覚えることも少なくない。そういう意味ではスタートラインからして純粋なPhDの方々とは違うわけである。

 

 

 医師の留学は、医局人事の都合で期間に一定の制約があったりするので*3、純粋なPhDの方々と比較すると研究にかける時間や期間がどうしても限られてしまう。逆にいえば、帰国後の職を心配しなくてよいという絶大なメリットがあるのだが。

自分が所属していた日本人研究者会においても、MD, PhDは全体的に年齢層が高く家族と来ていて、1〜5年程度の滞在期間。自分もそうだが2〜3年が最も多い。5年くらい研究できている人達はさすがに立派な実績を積まれているし帰国後も研究の最前線におられることが多いように思えるが、2年というのは短すぎたと今でも感じている。

一方基礎研究者の方々は単身30歳前後*4で来て心ゆくまで研究を続け、日本にポストがみつかれば帰国、もしくはそのまま長期にわたり海外での研究を続けるケースが多いように見受けられた。もちろん例外はあり、自分が出会った中で最も凄いと思った人は元々外科医で、留学先でPI*5となり、その分野での第一人者になられたのだが、そういう例は少数派である。

 

・・・

 

帰国後にどこまで研究にコミットするか。医師の場合は多くは臨床業務があるので、必然的にかけられる時間や労力に限界がある。自分で手を動かす (wetの)実験系は、負担の軽い病院に勤務し家族との時間や睡眠時間を削らないと実現不能である。ある先生は研究所が併設された9時5時の病院に勤務し、かなり高いレベルで研究を継続していて尊敬する。ただそのような、医局側から研究前提のポストを与えられるケースは本当に一握りで、普通の勤務医が20時、21時まで病院の仕事をしてから基礎研究というのは正直つらいものがある。自分の場合は幸いにして、後輩が大学院に進学して同系統の実験をやっているため、指導的役割に徐々にシフトしているところ。実験技術もどんどん新しくなるので、再び自分が第一線に立つのは難しいかもしれない。

留学時代のデータをコンピュータ上で解析する (dryの)研究は現在進行形で、睡眠時間は削られるが何とか続けることができているので*6、将来的には自分のところで大学院生を持って (向こうでいうPIとして)やっていければと考えている。

留学していた先輩や同期は上手に臨床研究にスイッチしている。医師であるところのもうひとつのメリットは臨床に直結する研究をデザインできることなので、その強みは生かさなければ損である。いくつかプランがあるので少しずつ形にしていきたい。

 

 

研究とは全く異なる分野で、人生において実現したい夢というのがもうひとつあるので、研究に捧げられる期間はあと7〜9年程度。二足のわらじでどこまでいけるかはわからないが頑張りたい。

 

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夏の盛り。まだまだ暑い日々は続く。

 

*1:取得のための難易度など国によって大きく違い、博士倍増計画なるものにより濫造された日本の博士号の価値は相対的・平均的にみると低い

*2:医師で留学する集団はPhDホルダーとそうでないものに分けられる

*3:関東や関西ならいざ知らず、地方大学ではまだまだ医局に属したほうが何かと都合が良い

*4:普通に進級すれば最速27歳で博士号が取得できる

*5:研究室主宰。教授のみがトップの日本と異なり、向こうではAssistant professor即ちfacultyになればラボを持つことができる

*6:これも留学をあと1年延長していたらとっくに論文になっているだろうけど・・・

【読書】宮本輝の5冊

更新日 2017/07/16 草原の椅子を加筆。

 

 

宮城谷昌光の書評が途中で止まっていることを漸く思い出したが、そちらはまた今度書かせて頂くとして

aurora3373.hatenablog.com

 

今日は我が精神の滋養剤たる宮本輝の小説・エッセイをいくつか紹介したい。

 
「泥の河」で1978年の芥川賞を受賞した氏は現在も芥川賞の選考委員を務めながら傑作を発表し続けている。
5冊に絞り込むのも大変なのだが、自分の琴線に触れた著作を厳選してお届けしたい。
 

命の器

 

新装版 命の器 (講談社文庫)

新装版 命の器 (講談社文庫)

 

 

発表されて今年で30年になるエッセイ集。人間は自分の境遇に似た人と交わっていき、そうでない人とは疎遠になっていく。ただの交友関係というよりももっと深い、生きる姿勢のようなものが共鳴する人と付き合うようになっていく現象を、命の器という短い言葉で若干自虐的にまとめてある表題作「命の器」、そして年齢を重ねていくとその人間性は口許にまず現れ、それは服装や化粧などでは誤魔化すことができないと述べる「貧しい口元」が、自分のお気に入り。座右の書である。

 

草原の椅子 

草原の椅子〈上〉 (幻冬舎文庫)

草原の椅子〈上〉 (幻冬舎文庫)

 

 50のおっさんに親友ができる話。と言ってしまうと身も蓋もないのだが、人間の美しい面、醜い面、それらは実は表裏一体でもあることが心に迫ってくる。

おっさんは2人とも魅力的な人物として描かれる。不倫したり離婚したりという場面が多く出てくるのは氏の小説の特徴だが、それを除けば、50にもなってこんないい人間が存在し得るのだろうかと思うくらい。
物語中盤以降、おっさんのうち一人に新しい家族が加わるのだが、この小説はそれがゆえに一つの育児書でもある。小説中に登場する老医師が提唱する理論を紹介したい。
「ゴムホースの原理」
特に心の疾患で、治りかけた時に奇異な症状が現れることがある。それはきれいな水によって押し流され出てきたホースの中の汚れであり、それを見抜いて諦めずに水を注ぎ続けることが大切 (当ブログによる抜粋)

 というもので、いままさに小説中の少年と同年代の子を持つ自分としては、時々立ち止まって見返す必要のある本である。

佐藤浩市・西村雅彦・吉瀬美智子主演で映像化されている。留学先にもBlu-rayを持っていったが、あちらでBlu-rayを見る手段がなくて、昨日ようやく通して見ることができた。日本語字幕*1が入っていないのが難点で、小声や早口での会話が多く聴き取りにくい部分が多かった。台詞書き起こしサイトを探してみたが見つけきれなかった。字幕の入った媒体があれば欲しい。

小説を読んだ者としてはイメージと違う場面も多々あったが、これはこれでアリなのではないかと思う。少年の実母を小池栄子が演じているが、物凄い演技だった。

草原の椅子 [DVD]

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優駿

優駿〈上〉 (新潮文庫)

優駿〈上〉 (新潮文庫)

 

1987年吉川英治文学賞受賞・第1回馬事文化賞受賞作*2。サラブレッドの三大祖先のひとつであるゴドルフィン・アラビアンの血を引くという設定で、オラシオン (祈り)と名付けられた競走馬の、ダービー出走までの道程を描く。自分はダビスタから競馬の世界を知ったクチだが、馬だけでなく、騎手や調教師同士の人間関係、馬主の世界など普通に暮らしていると縁のない世界を垣間見ることができる。

 

まだ見てないけど、これも映画化された模様。みてみたい。

優駿 ORACION [DVD]

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 約束の冬

約束の冬〈上〉 (文春文庫)

約束の冬〈上〉 (文春文庫)

 
普通の女性の成長を描く感じの、最近の氏の小説ではわりと珍しくない主題。今どきこんなプラトニックな恋もないよな、と思いつつも、若い主人公達に感情移入して読んでしまった。たぶんこの本が出たあたりで、自分が登場人物の年齢を超えてしまったというのが大きい。ほとんどのプロスポーツ選手の年齢を超えた今甲子園が熱く見えるのと同じ感じか。
葉巻・ゴルフなど氏の十八番のネタもふんだんに使われていて、「いつも読んでる宮本輝の小説」な感じはあるけれども、だからこそ1冊だけ読むとしたらこれでもいいと思う。
この小説の中で引用されている徒然草の一節

 能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得て、さし出でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。

 未だ堅固かたほなるより、上手の中に交りて、毀り笑はるゝにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜む人、天性、その骨なけれども、道になづまず、濫りにせずして、年を送れば、堪能の嗜まざるよりは、終に上手の位に至り、徳たけ、人に許されて、双なき名を得る事なり。

 天下のものの上手といへども、始めは、不堪の聞えもあり、無下の瑕瑾もありき。されども、その人、道の掟正しく、これを重くして、放埒せざれば、世の博士にて、万人の師となる事、諸道変るべからず。

 は、ここで言うまでもないが本当に名文だと思う。そうだよなぁ・・・。

 
 
 

田園発、港行き自転車

田園発 港行き自転車(上) (集英社文芸単行本)

田園発 港行き自転車(上) (集英社文芸単行本)

 

初めてkindleで買った氏の著作。こちらに来て1年が経ち日本語の活字に飢えていた時に出たので飛びついた。たぶん宮本氏は実際に取材をした場所しか書かない*3のだろうが、少年時代、父親が事業に失敗し夜逃げ同然で逃れた富山県を、「嫌悪や憎しみ」の対象であったとエッセイに綴っている氏が、あらためて題材として選んだ背景には何があったのか。

富山県の田園地帯から東京の企業に就職し、コンクリートジャングルに疲れて退職する人物の故郷語りでこの小説は始まるが、そこには「嫌悪や憎しみ」の感情は全く感じられない。

複数の主人公による一人称が入れ替わる形で物語は進んでいく。やはりこれも女性の成長を描く本である。

 

 

こっちに来てkindleでしか本を読めない、さらには論文など書き仕事があって読書の時間が全く取れない時間が長かったので (現在進行形)、帰国後少しでも時間を作って、古典から文学小説、最近の文学賞受賞作、ノンフィクションなど色々な本を読みたい。そしてやっぱり紙の本が好きだ。読者登録しているいくつかのブログで紹介されている本が魅力的で、読みたい本リストがどんどん積み上がっているのが悩みの種です。

 

2016/07/11 23:54追記 何故かはてブ新着エントリー アニメとゲームのところに登録されました。どういう基準で選んでいるのか。いつもは「学び」か「テクノロジー」、このブログはカテゴリーに入れづらい記事が多いのかな。

*1:邦画も日本語字幕が必須。テレビのデジタル化で恩恵をうけた1人。

*2:JRA賞馬事文化賞 - Wikipedia

*3:氏の小説には同じ地名が繰り返し使われることから