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Beyond the Silence

Sound of Science

論文書いています

久しぶりの更新。


今、大学院に入ってからの3年間でやってきた研究をまとめているところ。
一応博士課程の修学年限は8年ということになっているが、臨床から離れている間は医局も人事のやりくりが大変なわけで、多くのMD/PhD studentは3年ないし4年で臨床に戻ります。学位が取れる取れないに拘わらず。


自分がいるのは医学研究院なので、取れる学位は「医学博士」。
臨床とは全く関係のない基礎の教室に来ている者にとっては、地道に実験をして英文論文をまとめるという苦しい作業が必要不可欠 (臨床系の大学院が楽だと言っているわけではない)。
そしてそれが終わったら教授3人から質問攻めにあう学位審査。その暁に、ようやく博士号が取得できるというシステム。


基礎の研究室で、理学部や工学部出身者に囲まれて、朝から晩まで、土日も実験をし、データのほとんどは日の目を見ない。自分のやっていることが、果たして誰かのために役に立つのか。そう自問自答しながら内省を繰り返す日々。
医師の仕事はダイレクトに誰かのためになっていることが目に見えるのだけれど、そうでない基礎研究は、うまくいかない時にはいっそう徒労感が募る。
そして、医学や自然科学のパラダイムを変えるような、華々しい研究ができるのはほんの一握り。社会人を経ていて家庭もあり、学費も払わないといけないので、ある程度実験する時間を削って生活資金を稼ぐ必要もある。
(医師免許保持者の少ない基礎系の研究室だとそれも最初は周囲の目が辛い)。

ではなぜ基礎研究を続けるのか?その答えは人それぞれだろうが、新しいデータを世界で最初に見ているのは自分だという歓びは、基礎研究者の醍醐味だと思う。
尤も、そんな瞬間は年に数回あるかないかだけれど。


医局や環境 (国公立⇔私立、地方など)によっても違うが、基礎の大学院を経験した医師の割合はどれくらいなのだろうか?自分の医局は3割程度と思われ、近年減少傾向にある。
臨床の忙しさとは違い時間は比較的自由だけど、基礎研究経験者にしかわからない辛さもあるかもしれない。
自分の研究はテーマは今のところ3つで、どれも大学院3年目の後半くらいからようやく芽が出はじめたところ。あと半年しかない大学院の間に完遂できるのはたぶん一つだけ。後を継いでくれる後輩がいればよいが、そうでなければ臨床をやりながら空き時間に実験を進めるしかない。そんなことが可能なのか。


院を出たら医師として復職する予定なのだが、ただでさえ病棟業務や手術からは4年も離れているので不安も大きい。
大学院で「頭を使うトレーニング」は確実に積んでいるはずで、臨床一筋の人間と比べると少ない臨床経験を補ってあまりあるものの考え方、頭の使い方をはじめとする能力を身につけているべき (つけなければ勝負できない)。
自分の立ち位置も含め、どういう形で学んだことを還元していくか。少しずつ考えていきたい。