Beyond the Silence

Sound of Science

研究者の資質 〜メンタルの重要性と運〜

大学院時代からよく見ていた next49 さんのブログの中でも、


このエントリーは力作である。コメント欄が苦しむ院生や学部生達の人生相談室になっていて、自分が通ってきた道を思い出すようで複雑な気持ちになる。

 

医学部だったので卒論や修論をすっ飛ばしていきなり博士課程に入り、博士論文を書いて学位を取ったのだが、自分の経験や、多くの研究者を見てきて、研究を続けるにあたって一番大事なのは何だろうかと考えてみた。

アカデミアの現状は、一握りの研究者だけが常勤のポジションを得られ、多くは任期制で時間との闘い。さらにその一部だけがPIとしてラボを運営できることになるが、研究者としての適性と運営者としてのそれは完全には一致しない。多くの困難、それも必ずしも自分の得意分野ではない領域においての問題に直面し解決していかなければならない。

 

PIを頂点として、研究者にもヒエラルキーがあるけれども、上にいけばいくほど要求されるメンタルの強さは上がっていくのではなかろうか?個人の置かれた環境には運としか呼べないようなものも多分に影響してくるので一概には言えないのだが、いわゆる成功している研究者はおしなべてメンタルが強いように見受けられる。うちのボスとか最強クラスだと思われる。

 

翻って自分をみてみると、本当に人に恵まれたというか、時流の恩恵を受けたというか、自分が院のラボに在籍していた時期はラボの歴史の中でも最も院生が多くて明るい時代だったし、人の研究を妨げるような悪辣な人種もいなかった。ただそれは終わった今だからこそ言えることで、当時はデータも出ず、論文も書けず、指導教官のところに実験の相談を持って行くのも手持ちの武器がなさすぎて行けず、そしてデータが出ず、という悪循環にもよく陥っていた。辛かったけれど不思議に辞めたいとは思わなかった。始めたことはやり遂げなければというプライドが邪魔をしたのかもしれない。大学を一度中退した人間の言うことではないが

 

その次にメンタルが試されるような機会は、留学して日本人が自分一人だけになって、データが出なくて・・・という今かもしれない。臨床も当然ながら激務だしミスをしたり目の前の患者を救えなかったりすると本当に落ち込む。が、日常がいやおうにも自分をいつもの流れに引き戻してくれていた。研究は、特に留学生活は、日によっては誰とも一言も話さずに家に帰るときだってあり、孤独が募る。同じ街に来ている日本人研究者と会う機会があるのだが、英語が非常に堪能でラボ内外でうまくやっていける人はどこでも大丈夫だと思うけど、そうでない我々は、日本語ベースでそれこそ帰港する本拠地のようなものを持っていることは大事だと思った。多くの場合それは家庭であり、あるいは仲間だったり。

 

ラボに行きたくなくなる日が全くないわけではないが、朝布団から出たくないのと同じくらいのレベルで、やっぱり仕事でそれで給料をもらっているから、そして自分がやらないと前に進まないのはわかりきっているから、今日も明日もラボに向かう。良い環境でやれているのはあるけれども、自分はこの道にもそこそこ向いているのではなかろうか。本当にうまくいかないときはそんなことも思えなくなるのだが。

 

折れない心は大事だが、それ以上に向き不向き、環境を味方につける運と実力のほうがもっと大事かもしれないと、ここまで書いてきて思った月曜日の夜。

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