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Beyond the Silence

Sound of Science

難聴持ちの耳鼻科医が補聴器について語ってみる

医療/医学 聴覚

聴覚の精緻さは他に類を見ないもので、神秘的とさえ思える。今日は耳の話と、補聴器の選び方についてのマニアックな記事。マニアック過ぎかも。

 

耳の構造

聴覚は耳介で集められた音が外耳道内を反響しつつ鼓膜を振動させ、耳小骨を経由して内耳へ振動が伝えられ、その振動が内耳の中にある有毛細胞の列 (コルチ器)へ波動となって伝わり、電気信号に変換されて聴神経〜脳へ伝達されるという複雑なメカニズムによる。

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(Wikipedia「聴覚」の図を引用)

 

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M Kelley, Nat Rev Neurosci. 2006より引用

以下やや詳細に解説。

2枚目の図の緑色で描かれた細胞が内有毛細胞で、ヒトでは片耳につき3,500個。Tip linkというドアと取っ手のような機構が「毛」に備わっており、タンパク質で毛の先端が連結されていて、音の振動が細胞を乗せている基底板を振動させるとこの毛が傾いてTip linkが引っ張られてドアが開く。毛が出ている面は内リンパ液というカリウム濃度の高い液で満たされているため、開いたドアからイオンが細胞内に流入する。その結果細胞内に電気生理学的信号が生じ、有毛細胞に接続した神経にシグナルが送られる、というメカニズム。

3,500個並んでいる、と書いたが、音の振動が伝わる「蝸牛 (理科の教科書ではうずまき管と書いてあったと思う)」は2回転半している奥行きのある器官で、この奥行きは音の周波数弁別に使われる*1。波長の長い低い音はより遠くの、波長の短い高い音は蝸牛の入口近くを最も効率よく振動させるので、蝸牛の基底部から頂部に沿ってピアノの鍵盤のように並んでいるイメージを想像してもらうとよい。この鍵盤からところてんのように神経が出ていて、束になって脳へつながっている。この世界に満ちる音はさまざまな周波数・大きさ・長さの組み合わせでできていて、それを聞き分けるのに内耳の複雑な構造が役に立っているのだ。この有毛細胞は、炎症や薬剤、老化などで一度障害されると再生しないため、耳垢や中耳炎などの難聴と違ってこれらが原因で起こる難聴は治療が困難。

こう言ってしまうと専門にされている方に怒られるかもしれないがあえて他の五感と比較すると、構造の複雑さがまるで違う。化学物質の受容体にすぎない嗅覚や味覚、光に反応する桿体と錐体のシートである網膜に感覚神経が連結されている視覚、機械的刺激の受容体である触覚との差は著しく、特に再生医療においてシライ3ばりのG難度と化す原因でもある*2

 

難聴 (聴覚障害)と、その対策

聴覚は文字によるコミュニケーションが発達した現代においてもなお、意思伝達の主要なツールであるがゆえに、難聴者は孤独に陥ったり、社会的に不利益を被ることが多い。琵琶法師の例にあるように視覚障害者には社会的に生存するすべが昔から残されていたが、歴史書などに聴覚障害者は現れない。歴史からみるといなかったことにされているのだ。

それを補い、難聴者を社会に結びつける役割を果たすもののひとつに補聴器/人工内耳などの聴覚支援機器がある。少しでも健聴者に近づくべく*3、さまざまな技術を駆使して補聴器は進化し続けている。
音をただ大きくするだけだった昔の補聴器と違い、最近のものには多くの種類や機能があるために、ある程度の知識がないと選ぶことも難しいかもしれない。
当ブログがその一助になれば幸いである。

 

補聴器のしくみ

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WidexのWebサイトから拝借

早い話がマイク+アンプ+イヤフォン。上図のようにいろいろな形があり、聴力や好み、生活スタイルによって選ぶ。ハウリングが起こらないように遮音をしっかりすることが重要で、最近ミュージシャンがよくしている透明の耳栓のような、オーダーメイド耳栓が主流。耳の穴に入れるタイプはより自然な感じだが、耳栓がきつく籠もった感じが気になることも多い。

アンプ部は昔はアナログだったので、音をひたすら大きくするだけのものであった。音響外傷を避けるために過大音が出力されないノンリニア型が長く用いられた。1990年代後半から2000年代前半にかけてデジタル補聴器が普及。このアンプの部分がデジタル化されたことで、周波数に応じて増幅の度合いを変えることができるようになった。ノイズキャンセリングの技術を活かして近年オープンフィッティング型のものが発売されたが、これは軽度〜中等度難聴用。

値段はピンキリで、数万〜数十万円まで様々。専門店での購入のメリットは、アフターサービスを受けられること。特に最初の補聴器の場合は、自分の聴力に実生活の中で合わせていく必要があるので頻回に調整を行う。この費用やメンテナンス代も料金に含まれているケースがほとんど。ちなみに本体には消費税はかからないが、保険適応がないのが問題。障害者手帳があれば自治体から最もベーシックな機種の補助が出るほか、身障者6級未満の中等度難聴でも自治体によっては補助が出ることがあるのでお店に相談されたし。

 

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補聴器Q&A

外来などでよく受ける質問と自分なりの答えをいくつか列記してみる。

1) 補聴器をしたら元のように聴こえるのですか?

 → 人間の耳は素晴らしいもので、器械で代用できる範囲には限界があります。しかし、難聴のために会話を諦めていることがあれば、試してみる価値はあります。

補聴器の効果は、普通の中耳炎やベートーベンも罹った耳硬化症などの「伝音難聴」ならかなり期待できます。加齢や薬剤、突発性難聴などで内耳が障害された場合はその程度によりますが、無いよりはかなり良くなることが多いです。


2) 一度買ったらずっと使えるのですか?

 → 補聴器は毎日高温多湿環境で長時間使用するため、マイクやアンプ等の部品が劣化します。メーカー推奨の買い換えタイミングは5年。日々のメンテナンスを行って大事に使えば、もうちょっと長持ちしますが・・・コンタクトレンズと同じく、消耗品と考えて下さい。自分は20歳くらいで買ってから4代目 (左右合わせて8個)で、もうすぐ買い換え時期。仕事に必要とはいえ200万くらいかかっています。


3) 通販で買ったけど雑音がうるさすぎて使い物にならなかった。

 → 新聞広告などで19,800円で売ってあるようなものは、厳密には「補聴器」ではありません。補聴器には音を大きくする機能のほかに、雑音の抑制や方向感覚 (指向性)、ハウリング抑制など多彩な機能がついています。しっかり予備知識を備え、賢い消費者になりましょう。

専門店で買った補聴器も、調整を重ねて快適な聞こえに近づけていく必要があります。最初から完璧に聞こえることを期待するとガッカリするかもしれません。個人差大。


4) 濡れても大丈夫?

 → 精密機械であるため湿気には弱いのですが、最近メーカーによっては防水型の補聴器を出しているところもあります。


5) 値段は高いほどいいのですか?

 → 補聴器の形態 (耳掛け、耳穴式、イヤホン式)や機能によって値段はピンキリです。周波数ごとに増幅の度合いを変える機能があり、一般に高価なものほど細かい調整が可能です。雑音抑制の方式もメーカーや値段によって様々です。自分に合ったものを買えばよいのであって、高ければいいというものではありません。検査でどの機種が合うかは推定できます。

 

6) 両耳につけるべきか、片耳だけでよいか?

 → ヒトは両耳で聞くことで音の方向感覚を得ており両耳のほうが安全で聴き取りやすいです。片耳だけよりも出力を下げられることが多く、耳への負担も軽減できます。

 

7) ずっと補聴器をつけておくほうがよいのか、必要時だけでよいのか?耳への影響は?

 → 大人の場合: 難聴によって身の危険が生じる (クラクションが聞こえないなど)レベルでなければ、常時装用でなくても可です。

小児の場合: 特に幼児期までのことばを覚える段階で難聴がみつかった場合、いかに聴覚情報を入力するかが勝負なところがあります。そうしないと視覚入力に脳のリソースを占領されます。可能な限り常時装用で。高度・重度難聴は人工内耳の適応になる可能性があるので精密検査を。

 

こんなところかな。要望があれば追加予定。この記事自体需要あるかどうかわからないが、こんな医師もいるってことで。
補聴器についてお悩みの方は、近くの耳鼻科や補聴器専門店にご相談を!日本耳鼻咽喉科学会が補聴器相談医制度を設けているので、相談医を調べて訪ねるのも手。なお筆者は受講が手間で資格を取っていない*4

補聴器相談医とは?:一般社団法人 日本耳鼻咽喉科学会

 

(この記事はプレゼンのスライド作成にあてるべき時間を使って1時間で書かれた)

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*1:これを発見したBekesyはノーベル医学生理学賞を受賞した

*2:感覚の重要度が違うという主張ではない

*3:逆に、健聴者と違う道を選んだ人々が、手話を用いた聾者のコミュニティを形成している

*4:耳が専門でない医師も開業の際に取得することが多いので、この資格は難聴に対する情熱とは相関しない