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Beyond the Silence

Sound of Science

帰国の予定と人生の計画について

日々 留学 研究 医療/医学

早いものでもう3月。閏年は1日トクした気がする。

 

目の付けどころがシャープすぎる切り口で愛やらお金やら人生やらをぶった切る整形外科医さんのブログで、医師の人生設計について紹介されていたので言及。

 

整形外科医のゆるいブログ : 医者の人生プランを考える - livedoor Blog(ブログ)

 

www.recruit-dc.co.jp

 

一般的には受け入れられがたい表現も頻発する他の記事を読んでもらえればわかると思うが、この整形外科医さんの主張には賛同できかねる部分も多い。が、このような物の見方があるのだ、という自分にはない何かを垣間見ることができるのが、ネットの良いところでもある。

何がセンターピンなのか自分の頭で考えて答えを出せる能力こそが、今の時代最も必要とされる能力。

例えばこんなコメントを見てはっとした。その能力は研究者の資質そのものであるが、それを自分の人生にあてはめて考えることができているだろうか、と考えるきっかけになった。

 

医師は生涯現役という選択肢を選べる一方で、さまざまな柵により主体的にキャリアをデザインすることは意外と難しい。地方大学の医局に所属する人間にとってその機会は、「大学院進学」と「海外留学*1」もしくは「国内留学*2」しかない。そのふたつの手札を既に使ってしまった自分は、あとは大学医局の人事で動く駒に戻るしかない。

 

医局の駒というと白い巨塔など悪いイメージを持たれる方が多いと思うが、自分で就職活動する手間が不要で、重大なトラブルは医局がバックアップしてくれ、医師としてのスキルを磨く場を提供してくれる、いわばギルドのようなものでもあるので、環境によっては利用しない手はない。大学からの派遣に頼らずにやっていける病院が多い都心では、医局の影響力も弱まっていて、医局に所属する意味を見出さない医師も多いが、地方では依然として医局所属が、医師のキャリアパスにとって大きな比重を占めている。そして、医師の仕事をしながら基礎研究を続けようと思う自分のような人間にふさわしい唯一の職場環境でもある。

 

そういうキャリアパスを選んだ場合には、大学や研究部門のある大病院に残って「上に上がって」いく道を選ぶことになる。非医師研究者のテニュアトラックの道程ほど狭き門ではないにせよ、当然それは非常にコンペティティブなものとなるため、能力や性格的に自分に合っているのかまだわからない。自分という人間を俯瞰したとき、どうもマネージャーよりはプレイヤー向きのような気がするのだ。

基礎研究にある程度のところでピリオドを打ち後輩の指導にシフトするというのもよくあるパターンで、それも人が連綿と続いていく医局制度ならではの醍醐味だと思う。その場合手術を極める方向 (つまり勤務医)を目指すのか、あるいは地域医療や自分のやりたい医療を追い求めるのか (開業など)、さまざまな選択肢が40歳前の自分には見えているが、正直残された時間は少なく、あと数年で決断しないといけないだろう。実際にそれを選んだときにどこまでいけるのか (能力や人脈、運、宿業などいろいろなものが絡んでくる)、ということも含めて、ひたすら自分と向き合う時間を持つ数年間になるのだと思う。

自分が生きてきたこの30数年とは違う時代をこれから生きていくので、変化に強い生き方をしなければならない。自分の子達に生き様を見せる数十年でもあるし。どんな生き方を選ぶにせよ、それこそ自分がセンターピンとなれるようなキャリアデザインをしていきたい。

 

そろそろ新年度の人事がまとまり始める時期。様々な噂が日本から流れてくる。帰国の時期も決まったので、ここで研究できる時間に終わりがあることが実感として押し寄せてきた。こちらで書く論文を投稿までこぎ着けること、帰国してからも続ける基礎研究の土台を確たるものにすること、そして臨床や手術手技の日本との違いを吸収してフィードバックすること、この3点を意識して残りの期間を悔いのないように燃焼したいと思う。

 

頑張るぞ!そして遊ぶぞ!*3

 

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訪れたオートショーでみたスバル インプレッサのプロトタイプ。カッコイイ! Nikon D40+ NIKKOR DX 16-85mm.

*1:研究環境や症例などを求めての

*2:主に手術手技の修練を目的とした

*3:今が人生でたぶん最後の、自由に遊べる時間を持てる機会