Beyond the Silence

Sound of Science

自分の時間を自分でコントロールする権利

www.goodbyebluethursday.com

 

宮田レイシープさんの、時間の使い方に関する記事の中で、
 

オフモードの時に、他者によって強制的にオンモードへ切り替えられるのが不愉快なのだ。

就業時間の前に仕事の話をしてくる人は配慮が足りない 「それって今じゃなきゃダメなの?」 - さようなら、憂鬱な木曜日

 

というのがあり、ブログのお題として頂くことにした。主に自分がこれまでに経験したふたつの全く異なる職業、勤務医と研究者について。

 

勤務医について 

自分が常々思っていたのは、勤務医という職業は、24時間365日、他者に自分のオフの時間を強制的にオンにされる可能性と向き合い続けるものだということである。

 
少し前に医師クラスタの間で話題になったフミフミさんの記事があったが、とくに時間外受診時の医師の対応については不満を持つ人は少なくないようだ。

delete-all.hatenablog.com

この記事と、それに対するらくからちゃさんのツイートも。

などからは、医師は24時間365日ハイパフォーマンスを発揮、もっといえば滅私奉公すべきという世論が見える気がする。特に後者のツイートには反響があり、医師クラスタ側からは、時間外に病院が稼働することのコストや困難さなど医療の現状をもっと知ってほしい、という意見がみられた。

 

病院の支出で最も大きいのは人件費であろうが、医師のそれが占める割合はおそらくそこまで大きくない。どの病院も、医師より圧倒的に多くの看護師と事務職、技師や薬剤師などが働いている*1。機械のランニングコストも馬鹿にならない。病院に営業時間があるのは他の業界同様当然のことなのだ。だからといってぞんざいな態度を取ってよい理由にはならないが、時間外にできることには限界がある。普通は、時間外診療所のような施設が自治体毎にあるので、そちらを受診して頂くシステムになっている。

 
医師の平均賃金の高さがネットではしばしば批判の対象となる。赤ひげよろしく、病める人に無償の善意を注ぐべきであり、患者を利用して金儲けするとは何事だ、という論調 (極端なものは)。
医師の給与に関する統計がどのデータを参照しているのかわからないが、よく見る統計の勤務医の平均は自分の感覚からするとあり得ない数字で、おそらくこれには、常勤職員としての医師ではない研修医や非常勤扱いの若手医師、教員扱いの大学病院のスタッフなどはカウントされていない。これらより遥かに待遇が良いと思われる市中病院のスタッフ医師の平均ならば理解できるが、それは意図的なミスリードであろう。大学病院や市中病院で勤務医をやってきてその額に達した経験はない。ついでにいうと研修医時代の自分の場合、時給300円以下であった。
 
それについては本題から外れるので措いてオンオフの話に戻ると、日本近代医学の祖の1人であるポンペの言葉『医師は自らの天職をよく承知していなければならぬ。ひとたびこの職務を選んだ以上、もはや医師は自分自身のものではなく、病める人のものである。もしそれを好まぬなら、他の職業を選ぶがよい』を借りるまでもなく、医師は病める人のために心血を注ぐ仕事であるので、完全なオフというものは存在しないといってよい。それは非常に崇高な理念だが、昨今の医療を取り巻く情勢の変化もあり、それによって医師が疲弊しているのも事実。誰が悪いというものでもなく、日本の医療界の構造上の問題で、改善すべき点は多々見受けられる。
月に1〜2度あるかどうかのオフのときでも、入院患者を持つ科では常に呼び出しの可能性があり、常に携帯電話を気にしながらの自由時間になる点が、他職種との最大の違いだと思う。
人の命を預かるという重大な責任もあるが、時間の自由がきかない、というのがなかなか理解されず苦しいところかもしれない。大晦日の緊急手術とか、飲み会の間に起こった急変とか、例を挙げればきりがない。
 
 

研究者の場合

扱う研究対象 (自分の場合はマウス)、ボスの方針など研究室の性格によるところも大きいが、基本的には自由である。
日本のラボではマウスを管理する必要があり土日の水やり当番なんかもあったけど、こちらはマウスケージの給水は自動化されているし餌は専任の職員がいる。
コアタイムもあるにはあるが、自分で結果に責任を持つ限り自由が保障される。当然呼び出しもないので、こちらに来て電話を見なくなった。素晴らしい。
 
時間をマネジメントできるという点では研究者最高だが、近年さかんに言われているポスドク余り問題に代表されるように、決してバラ色の世界ではない。研究者の活動の原資たる科研費を取得できなければ何も進まず、データが出なければ科研費が取れないという悪循環にはまり込むか、その逆で成功を手にするか。今成功している研究者でさえ、誰もがその瀬戸際に立ったことがあるはずだ。
 
大学院重点化政策のあおりを受け、大量に生み出されたポスドクの就職先もない。ポストの数がさして変わらないのに大学院生が増えたので当然のことだが、抜本的な解決策は何もなされていない。国家予算のなかで研究費に割ける分は限られているし、その傾向はアメリカでさえも同じなのだが・・・。国際的にみて競争力を維持するために、そのあたりは何とかならないものだろうか。高い山が聳えるには広い裾野が必要。
 
時間のマネジメントの話だった。研究者はその点では、実験動物等による制約こそ受けるが基本的に自分で自分の時間の使い方を決められる恵まれた仕事だと思う。
 
 

これから

で、帰国後は、医師の仕事をしつつ基礎研究も続けるという二足のわらじ作戦を、できる限りやろうと思っている。それは、医師として時間の制約を受けつつ研究者のストレスも抱えるという爆弾のような気がするが、能力の限界に挑戦する一方で心身を壊さないようにやっていきたい。
どこかの病院で疲れた耳鼻科医の姿を見たら優しくしてあげてください。

追記
ここまで書いてきて、最も自分の時間を自分でコントロールするのが難しく、扱う対象がプライスレスで責任の非常に重い職業のことに思い当たった。乳幼児の母親である。妻に感謝。

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*1:大学病院だけは例外で医師が非常に多い