Beyond the Silence

Sound of Science

難聴者が読んだ「聲の形」

大今良時さんの「聲の形」第1巻が刊行されてから3年以上経ち、ようやく読むことができた。耳の聞こえない転校生・硝子とイジメっ子の将也の物語。いち聴覚障害者としての読書感想文を綴りたい。

 

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聲の形 コミック 全7巻完結セット (週刊少年マガジンKC)

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twitterの難聴者界隈でもトラウマをグリグリ抉られるとの話題作で、逆にいえば難聴者が受けてきた諸々の体験を丁寧に描いたものだ。

主人公はツンツン頭の少年、石田将也。頭の中カラッポな感じのいわゆる悪ガキであるが、彼が耳の聞こえない転校生の西宮硝子 (しょうこ)をイジメるところから始まる。

小学生男子にとって1日はアラフォーのオッサンの何倍にも長く感じられるであろう。将也も「退屈」が口癖で、日々の退屈を紛らすためにクラスメイトを無理矢理巻き込んで遊び暮らしていたが、全く異質な存在、これまで彼の世界に全くいなかったタイプの転校生・硝子をターゲットにした「遊び」が始まり、徐々にエスカレートしていく。

 

小学生の考えることはだいたいどこでも同じで、大きな声を出してみたり、こんな感じの聴き取りにくいor意味不明な言葉を発してみたり。この辺の描写は色々思い出して読むのがつらかった。

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徐々にエスカレートする様子が描かれているが、将也はこれに一抹の罪悪感も抱いていない。退屈を紛らすための遊びの一環のようである。

補聴器を踏んだり水没させたり埋めたりして壊して遊ぶ無邪気さ。クラスメイトはその異常さに気付きながらも一緒に楽しんでいるようにも見える。それが同調圧力ーーいじめないと、いじめられるーーであると気付いてか。

何度かこのブログでも補聴器のことについては触れてきた*1が、結構な値段がすることはあまり知られていないのではないか。将也少年が破壊した補聴器の総額が170万円という額になり親からクレームが入ってようやく動き出す担任。これまでの自分の無策を棚に上げて首魁である将也をスケープゴートにする。いまの小学校の先生の平均値は知らないが、こういう分かりやすいイジメに対しての普通の大人の反応がこうだとしたら恐ろしい。難聴を全く理解してくれなかった何人かの教師のことはずっと忘れていない。

 

170万円の件をきっかけにクラス内での立場が変わり、今度は将也自身がいじめのターゲットになる。こういう形はこれまで身近で見聞したことがないが、わりと珍しいケースか?*2それに前後していじめのターゲットとしていた硝子が再転校という形で去り、将也はクラス内で孤立、高校までそれは続くことになる。

 

・・・というのが1巻の内容で、ここまでがこの漫画の刺激の強いところだ。1巻の最後は高校生になった将也が硝子と再会する場面で、2巻からは二人の心が少しずつ歩み寄っていく様も描かれていて、救いのある内容になっている。いじめた側がいじめられるという珍しい逆転から他者の痛みに気付き*3、みずから歩み寄っていくシーンは、現実にはなかなか起こりえないのかもしれないけど輝いてみえた。

 

 

次は耳鼻科医として心が痛むシーン。

難聴の子を産んだことで硝子の母は夫に離婚を切り出される。夫から移ったウイルス感染症による難聴であることが語られている。知識がなくワクチンを打っていなかったのが原因だと一方的に母を責めて離婚を突きつけている。全く情けない親子だ。

ワクチンで予防可能な先天難聴をきたす疾患というと、風疹だろうか*4

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我が子が難聴であると判明したとき、多くの母親は罪悪感を抱くが、父親が自責の念を抱くことは少ない。とくに胎内感染だとその傾向が強いように思う。特殊なケースをのぞき、どちらかが悪いということはない。夫婦で受け止め、それぞれの親はそれをバックアップするのがあるべき姿だと思う。。

 

耳が聞こえないといっても程度があり、硝子のようにほとんどきこえず補聴器でも辛うじてきこえる程度でメインは手話か筆談、というレベルは「重度難聴」という。場合によっては人工内耳の適応であるが、聾者のコミュニティはそれを良しとしない風潮もあったりしていろいろ複雑である。

難聴の程度によっては補聴器を適切に使うことで言語発達も良く日常生活に不自由のない程度までいけるが、ある時期を過ぎてから音声情報の入力を始めても言語発達が頭打ちになるという脳の発達のタイムリミットがあるので、新生児スクリーニング、乳幼児定期健診などでなるべく早く難聴をみつけることが重要である。

 

 

自分を振り返ってみると、幼少期から中等度難聴はあったようだが周囲の優しさもあって言語発達にはほぼ不自由なく育った。ただし、耳から聞いて理解する能力は、眼で見て理解するスピード・深さに遠く及ばず、今でも会話は苦手である。鈍感な少年だったのもあって学校には楽しく通っていたが、難聴のために嫌な思いをするのは小学校1年生から高3まで続いた。さらに目立つのが嫌で壊される恐怖感もあり、補聴器は19歳になって大学中退するまではつけなかった*5

あとになって気付いたけれど少年時代は常に劣等感との戦いであり*6、テストで良い点を取ることでそれを晴らそうとしていたのかもしれない。文字を読んで理解することに脳のリソースを全振りしていたので勉強は得意だったが、社会性を育てないまま大人になった。視覚情報のない電話や、瞬時に切り返したりが求められる議論は苦手である。こんな自分にもできる仕事が見つかって良かったと心底思う。

 

 

読書感想文ということでとりとめなく書いてしまったが、まだ咀嚼しきれていないので加筆訂正中。

 

このレビューを書かせたid:topisyu御大のエントリはこちら。

topisyu.hatenablog.com

 

それと、この記事を寅さんのところでも紹介してもらいました。言及禁止とのことなのでお礼のみ。

 

*1: 

www.aurora3373.net

 

*2:聴覚障害で嫌な思いをしてきた自分自身もまた、中学校のある時期に同調圧力の中でいじめに関わったことがあり、罪悪感にみちたその記憶はどんなに消そうとしても消えない。このシーンはそれを思い出させる。

*3:将也は元々センシティブで、それを包み隠すためにああいう振る舞いを続けていたのかもしれない

*4:胎内感染による先天難聴はTORCHの頭文字で知られている。難病情報センター | 耳鼻科疾患分野 先天性難聴(平成23年度) 

*5:その後受験した医学部は、当然ながら難聴への理解という意味では最も進んだ学部であり、当時の友人達は皆難聴への理解を示してくれた。尤も耳鼻科医にすら難聴を理解しない人間はいるが

*6:英語学習、騒がしい場所での会話などのシーンでは未だに