Beyond the Silence

Sound of Science

三歩進んで二歩さがる

…のが研究の常だが、前進してるだけまだマシかもしれない。

 
最近はボスから年末に言い渡された遺伝子群の発現解析をするためにRNAプローブを作ろうとしている。PCRでそれらが目的の時期に発現することがわかったので、次はどこでどのように発現するかをみる。ひとつの現象を、時間的・空間的、そして定性的・定量的に解析することでようやくデータとして何かが言える。ラボの機械は自分一人が使えるわけではなく、同僚とバッティングしたりして待ち時間が発生しがちで、一つ一つの手順も時間がかかるうえに必ずうまくいくとは限らない。むしろ一発でできればラッキー。あれはどうなった、と毎週ボスに詰問される。きっつー。が、その見返りとして、世界で最初に真実 (らしきもの)を垣間見る権利と、自分の労働時間を自分でデザインする自由が与えられるのが研究者。ミスが許されず他者に時間を拘束される高練度ブルーカラーの医師と真逆の人生である*1
 
日々ナメクジのような速度で研究を遂行中のところに大ニュースが舞い込んできた。知り合いの先生が携わった研究がYahooニュースに載った。SNSでもNature Nanotechnology に載ったその論文が紹介されていた。
 

www.nature.com

のAdvanced Online Publication. いつかはNature. 研究者の目標のひとつ。

Nature Nanotechnologyへの投稿は2014年の8月になされていて、アクセプトまで1年半かかっている。NatureやCellなどの超一流誌では査読や追加実験にこれくらいの時間がかかることが珍しくない。知人の先生は医師としても責任ある立場で普通に勤務されているし、家族との時間も確保されているように見受けられるので、研究の時間をどう捻出しているのかを知りたい。それにしてもおめでとうございます。

 
時事通信に非常にわかりやすい解説記事。解説しようと思ったけどこれで必要十分だと思う。ネットのニュースはなぜか一定期間で削除されるので、本文も引用する。
 がん細胞に栄養を供給する血管に開く隙間を通じ、薬剤などをがん細胞に届けることにマウスの実験で成功したと、東京大などの研究チームが発表した。抗がん剤が効きにくいがんの治療法開発につながると期待される。論文は15日付の英科学誌ネイチャー・ナノテクノロジーに掲載された。
 東大付属病院の松本有・助教らの研究チームは、生きたマウスの血管や周囲の組織を長時間撮影できる装置を開発。ナノメートル(ナノは10億分の1)サイズの薬を閉じ込めたカプセルを作り、がん細胞を移植したマウスの体内でカプセルがどう移動するかを観察した。
 その結果、がん細胞の周囲の血管に隙間が生じる瞬間があり、血管内に滞留していたカプセルが外に一気に噴出する現象を発見。がん細胞に近い血管ほど、高い頻度で噴出現象が起きることも分かった。
 薬剤の拡散の仕方はカプセルの直径によって異なり、30ナノメートルのカプセルは噴出後速やかに拡散するのに対し、70ナノメートルでは拡散しにくかった。 
 松本助教は「正常な組織では見られない現象で、本来はがん細胞が栄養や酸素をもらって大きくなるための仕組みではないか」と推測。「噴出のメカニズムを解明し、制御できれば新たな治療法の開発につながる」と話している。
 
腫瘍が大きくなるためには栄養が必要で、通常の細胞よりも活発・無秩序に分裂するから必要エネルギーも大きい。普通の血管では足りないのか癌細胞は種々の増殖因子を出して新生血管を自分の周囲に張り巡らし、血液をガンガン取り込んで成長していく。栄養分の取り込みに新生血管の脆弱性が欠かせないのはたぶんこれまでも知られていたが、爆発的なnano particleの拡散メカニズムが関与しているかも、というところか。噴出のタイミングを決めるのは何なんだろうか。正常な血管内皮細胞の機能を損なわずに異常な噴出をシャットアウトできれば癌の治療につながるかも。素晴らしい。
 
 
翻って自分の分野をみると、元々地味な研究分野でもあり、耳鼻科医でNature (姉妹紙含む)に出せる人は本当に少ないのだが、こういうニュースは否が応にも刺激になる。来週は英語と日本語で1つずつ発表の機会があり実験を詰められないが、日進月歩でやっていきたい。せめてナメクジではなく亀くらいの速度で。
 

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*1:留学から帰国する時に、もう一度どちらを選ぶかを決めなければならない。どうする!?