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Beyond the Silence

Sound of Science

最新型補聴器のレビュー

ご無沙汰しています。

 

 

留学中のデータを基にした最後の論文執筆にかかりきりで、ブログを書く心と時間の余裕が持てませんでした。

ボスとやりとりしていますが、あちらは今Easterの休暇なので、メールが返ってくるつかの間こちらも自由を満喫することができますw

 

さて。

今日は補聴器の話。以前ブログでも取り上げたし、難聴者が題材の漫画のレビューも最近したところ。

(ブコメに質問があったので以下数行で本記事のまとめを追記します。)

  • 補聴器は数年 (メーカー推奨は5年)に一度買い換える必要がある*1
  • 健康保険はきかない (眼鏡やコンタクトレンズと同じ扱い)
  • 身障者手帳を持っていれば、もしくは自治体・年齢によっては中等度難聴でも、補聴器購入には一定の補助がでる。しかしその金額は微々たるもので、最低ランクの補聴器を1個買えるだけの額しか出ない。

 

www.aurora3373.net

 

難聴者であり耳鼻科医である自分も補聴器のヘビーユーザーだが、使っている機種はもう買ってから丸7年になるので、ボチボチ買い換えの時期。メーカー推奨は5年なので、大事に使って何とかここまで持ったというところ。数十万の買い物なので、できるだけ長く使いたいものだ。

 

再生医療など内耳性・後迷路性 (神経性)難聴そのものを治療する方法はほとんど進んでいないのが現状。自分も研究を続けているし、世界中の内耳ラボで実験が続けられているけれど、神によってつくられた複雑精緻な内耳の機能を再生させることは簡単ではなく、これからも挑戦がつづく。

 

一方、補聴器の領域はここ20年で劇的に進化した。20年前はまだほとんどの補聴器がアナログ式で、ちょっと良い機種になるとノンリニア増幅 (強大音をさらにドデカくして耳を破壊することがないように増幅のカーブが変わる)がついている程度だった。それからデジタル式補聴器が出て、これも出た当初は機械的な音が目立って装用感が悪かったものだが、日進月歩で進化する技術で、現在はかなり使いやすいものになってきている。雑音抑制、金属音の抑制、音の指向性、両耳間の通信、Bluetooth連携など、様々な機能が最新機種には搭載されてきており、騒音下でも割と聴き取りやすくなっている (昔の機種だと全ての音が均等に増幅されるので、飲み会や空調音、反響の強い場所などでは会話が困難でした)。その分、価格も上昇カーブを描いていて最上位機種はやたら高騰、機能によって分かれているので安い機種はそれなり。。

 

自分が使っているのは7年前当時の最新機種の中級機。両方で55万くらいだったと思う。数年でこの金額を捻出するのは大変で、100万近い最上位機種など雲の上なのだが、上位機種の力はいかほどか、そしてどのくらいこの数年で進化しているのかを確かめるために試用してみた。多くの販売店で補聴器の試用サービスをやっており、高額な買い物をする前に効果を確かめることができる。尤も、補聴器が真価を発揮するのは綿密な調整をした後なので、試用だと3割減くらいの使用感になるかな。

 

 

今回試用したものは某大手 (世界6大メーカーの一つ)の最新型・最上位機種。買ったら100万、なくしても100万。恐ろしい。

まだ自分の耳に完全に合わせきったわけではないので最上位機種の実力を発揮できてはいないのだが、7年前の中級機と比べると騒音抑制の威力が全然違うのと、金属音などに対するレスポンスが速い。音が響く途中でグッと抑制されていくので、違和感を覚えたほど。これなら飲み会でも会話が少しはできるかもしれない。

現機種との違いから感じる違和感には新機種だけを使っていたら慣れるのだろうけれど、基本的には挿耳型の7年前モデルを日常使いしているので、その違いになかなか慣れない。iPhoneのbluetoothにつないでいつでもどこでも音楽が聴けると思っていた*2が、音質的にはあまり良くなく、ノイズキャンセリングヘッドフォンを補聴器の上からかけるほうが数倍良い音で聴くことができた。この辺は改善の余地あり。

この最上位機種はまだ耳掛け型しか出ていないので、挿耳型が出たらまた試してみたい。特定メーカーに肩入れするのは職務上良くないので、機種を知りたい方がもしおられましたらTwitterでDMください。

 

 

 

よくわかる補聴器選び 2017年版 (ヤエスメディアムック506)

よくわかる補聴器選び 2017年版 (ヤエスメディアムック506)

 

この本を自分の外来に置いています。難聴の簡単な説明から書いてあって専門家以外でもわかりやすい。最近親御さんやご主人・奥様の聞き返しが増えた・・・なんていうことがあれば読んでもらうのもいいと思います。

 

 

 

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今年は桜が長持ちだった。特に幹から直接生えている花は長生き。

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*1:聴力にもよるが両耳装用がベストなのでコストは2倍

*2:じつはこの機能に一番期待していた

祖母との思い出

3月のある日、祖母が他界した。

もうずっと前から嚥下性肺炎で、経口摂取が困難な状態だった。点滴で生き長らえながらも意識はあり、少し認知症は進んでいたが会いに行くと喜んでくれた。

 

自分は祖母にとっての初孫であり、娘ふたりだった祖母にとっても初めての「男の子」だった。時代柄、それはそれは可愛がって育てられた。母は50代で亡くなるまでも病がちで、とくに自分が子供の頃はずっと入院していたので、祖母が母代わりとなって育ててくれた (そういうわけで、うちの父はマスオさんである)。今写真を見返すと自分と祖母は全然似てないんだけど、ちょっとマズいな、と思ったときに笑って誤魔化すところとかは似ていると言えなくもない。

 

 

人生の4割くらいを一緒に過ごした。あまり怒られた記憶がないが、それは自分が良い子だったわけではなく、ただ甘やかしてくれていただけだ。ちょっと濃すぎる味噌汁、毎日同じ弁当のメニュー、最高に美味しかった卵かけご飯*1。その全てが思い出だ。

 

一番の思い出は、2つめの大学の合格発表の日。果報は寝て待てといわんばかりに春眠を貪っていた自分に、医学部合格の知らせをくれたのが祖母だった。なんか嬉しそうだったので、もしかしたら受かったのかもしれないと思って一気に目が覚めたのを覚えている。大学在学中に祖父が他界し、祖母はちょっと (たぶんかなり)寂しそうにしていたので、こまめに帰省するようにしていた。国家試験に合格したときも喜んでくれていたなぁ。

あと、結婚式の時にお色直しってやつをやる機会に恵まれたので、そのエスコート役を祖母にお願いした。あのときが、一番嬉しそうにしていたかもしれない。

 

 

あとで気付いたけどうちはちょっと特殊な家で、あまり家族間で会話がなく、ただ空間を共有するだけで自然と絆みたいなものをお互いが勝手に感じとるようなところがあったので*2、祖母とちゃんと話をした記憶はじつはそんなにない。それともその感覚は難聴者である自分だけだったのか。もう少し話をしておけば良かった。

そんな祖母と母を、いちどだけドライブに連れて行ったことがある。菜の花で有名な地元の公園で、祖母と記念写真を撮った。「ばあちゃん」フォルダの中でもその写真はお気に入りだ。

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祖父が逝ってからの10年を元気に生きてきた祖母だったが、母が他界してから気持ちの張りがなくなったのか急に老いた。子を亡くす辛さははかりしれないものがあるだろうし、母の看病をしていたのも祖母と妹だったので、生きていく力みたいなものが失われていったのかもしれない。

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この頃風呂でいちど溺れたことがあり、義弟が助けてくれて祖母は生き返った。認知症の発症、妹が出産、長年住んだ家の建て替えなどが重なり、祖母はホームに入ることになった。帰省のたびに行っていたが温かく良い雰囲気のホームだった。3年前の夏、留学する直前にお別れを言いに行った。留学は少なくとも2年の予定で、何かあってもすぐに帰れるとは限らなかったから。しかし祖母は自分の帰国を待っていてくれた (と思うことにしている)。その間に、何度か転倒し、何度か骨折して、そして食事が入らなくなった。

 

昔で言う老衰。嚥下機能が低下して肺炎を発症する、いまでも癌・虚血性心疾患・脳血管疾患とならぶ死因のひとつであるが、医療が発達して自然な経過で死を迎えることは難しくなった。いちど気管内挿管をして呼吸器のスイッチを入れたら、それを切ることは今の法律では殺人と同義であるし、ただ生きているだけという状態が長く続くことは誰も幸せにならないばかりか医療費を圧迫する。我々の家族はその選択をせず、最低限の医療のみで自然経過に任せる道を選んだ。

医療者としての経験からどうしても「先」は見えてしまうので、その時が刻一刻と近づくのを感じていた。ただ今回は誰の目にもそれは明らかであったので、家族全員が心の準備をする時間があった。

 

 

誰もが死は避けたいものだが、その中にも「不幸な死」と「幸せな死」みたいなものがあるんじゃないか。それは死にゆく本人ではなく残される・見送る側の気持ちでしかないのだろうが、棺桶の中で微笑んでいた祖母をみて安心することができた。大往生といえる94年間の生涯に、感謝をささげたいと思う。

*1:実は味の素が入っていたw

*2:おかげでこの歳になるまでコミュ障である