Beyond the Silence

Sound of Science

打ち上げ花火、横から見るか?下から見るか?

毎年恒例のこの時期の花火。

今年は丘の上からの撮影。一番綺麗だった3枚の合成。

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Nikon D5500+NIKKOR DX 16-85mm。あまり明るいレンズではなく、カメラも前使ってたD40より遥かに良いとはいえ高感度ではない。f=5.6くらいで、ISO6400まで上げて1/30sで連続シャッター。3000x2000の画像サイズで10枚連写になった。夜空にはけっこうノイズがのっている。相変わらず固定がイマイチの三脚と足元を駆け回る小動物のせいで、連続シャッターの画像はズレズレ。フォトショップで位置を合わせてみたが、これが限度か。

 

もっと枚数多いバージョン。フォトショップの自動処理を使ってmergeしてみた。数枚手動で合わせたが、わずかなズレや傾きを結構な精度でマージしてくれる。マンションの光がにじんでいる。こういうのって大三元レンズとフルサイズ機で撮ったらもっと綺麗に撮れるのだろうか。ゴツい三脚も欲しいなぁ。

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もう少し丘を登ったところから。先客がたくさんいた。

30枚くらいマージしたら800MBくらいの巨大ファイルになってしまった。もう少し枚数を絞ったほうが良さそう。

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7枚に絞って1枚足した。こっちがましかも。

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このあと15分くらいがクライマックスだった。カメラを置き、家族で眺めた。息子が花火大会に行きたいと言った。多分目的は出店の綿菓子とか景品のおもちゃとかだろうな。高校生になってから友達 (彼女?)と行けばいいよ、と答えた。

そういえば自分が最後に花火大会に行ったのは18歳、大学1年の夏だった。帰省して高校の部活の友人達と男女混成10人ちょっとで。なんか酸っぱい花火だった。家まで10kmくらい、友達と歩いて帰って、途中で職質された。持ってた炭酸飲料がビールに見えたらしい。

そんなこんなで、横から見る今のスタイルが気に入っている。来年はD850と大三元レンズで!

幸運と偶然をたぐり寄せるもの

職場関連の飲み会は、5回中4回くらいはノンアルコールで通している。

理由は、家が繁華街から遠くタクシー代が馬鹿にならないからで、代行を使うという手もあるのだが複雑なルートを案内するのが面倒くさいからでもある。

最近では、アルコール入っていないのに酔っ払えるというのが特技のひとつである。

 

 

週末、そんな職場の飲み会がまた開催された。比較的飲み会の多い職場だが、その主犯たる上司がいない、珍しいシチュエーション。

平成16年に新臨床研修制度が始まって以来、地方大学のマイナー外科の生きるすべは、より多くの研修医に自分達の領域へ興味を持ってもらい、ローテートしてもらい、入局してもらうことである。学生のころから囲い込んで、卒業=入局=新人確保、という流れが断ち切られて以来、ローテートが義務化されている内科や外科、小児科などメジャー科と違って選択制であるマイナー外科はごく一部の大学を除き人材難にあえいでいる。某地方国立大某科などは、10年近く新人が入らなかったほど。

そういうわけで、幸いにして我が科をローテートしてくれた研修医が「勧誘」の対象になる。大学病院だけでなく市中病院も、関連病院として人材獲得に貢献せねばならない。その昔は、免疫のない学生を寿司・ステーキ・キャバクラetcで接待漬けにして入局させていたとかの噂も聞くが、今は医局員のポケットマネーで研修医を誘って飲みに行くくらいである。というより、一緒に働いた同士として普通に飲みに行く感覚であり、昔よりずっと健全な気がする。

 

 

まぁそんな飲み会だったわけだが、話題はメンタルヘルスに及んだ。研修医やレジデントの自殺のニュースを持ち出すまでもなく、精神衛生は若手医師をとりまく重大な問題である。最近メンタルの不調を訴える医局員が増えてきている気がしており、それは特定の病院に集中している。忙しい、上司が厳しい、理不尽、など原因はうっすらとわかっているのだが、医局は個々の問題としてそれを放置している。いや、わかっていても対処するのが困難、というべきか。そんな話のなかで、自分のこれまで辿ってきた道について考えた。

トラブルがつづき体調を崩した後輩の話になり、研修医から

「先生には同じような危機的状況になった経験はあるのですか?」的なことを聞かれた。その後輩はどこか自分と似た部分があるが決定的に不器用でコミュニケーションが苦手。対人関係の繰り返しである臨床家にあまり向かないタイプである。自分もそれに近いのだが、人に恵まれるという幸運、偶然のもとで経験を積み、年も取り、うまく立ち回れるようになったにすぎないかもしれない、と答えた。

 

 

人に言わせれば、それも含めて自分の性質であり特長であり、客観的にみると自分は医局ではわりと珍しい、緩衝剤になれるタイプの人間であるらしい。そういう他者からの評価が最終的に巡り合わせを決めていくのかもしれないが、一歩間違えば自分も後輩のようになっていたかもしれなかった。これから未知の困難が襲いかかってくるかもしれない。周囲に気を配り、人を活かし自分が活かされる、そういう振る舞いを続けていけば、やがて自分に返ってくる。そうやって生き抜いていこうと思った。

 

 

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