科学的根拠に基づかない「反ワクチン」論が大勢を占め、70%の接種率が1%以下まで低下してしまったヒトパピローマウイルス (HPV)ワクチン。
子宮頸癌ウイルスとして知られるHPVだが、100以上のサブタイプがあり、特に悪性度が高いものが16型と18型。この2つで子宮頸癌の原因の多くを占める。
一部でニュースとして取り上げられているが、医師・ジャーナリストの村中さんが、「HPVワクチンによる有害事象」に対する啓蒙活動に対して科学雑誌の権威であるNature誌からマドックス賞を授けられた。
『ネイチャー』が世界100人以上の候補者の中から私を選んでくれました。そのお陰もあってやっと本が出ます。『10万個の子宮──あの激しいけいれんは本当に子宮頸がんワクチンの副反応なのか』(平凡社、予価税別1700円、2018年2月... https://t.co/yPLbojhyNp
— 村中璃子 RIKO MURANAKA (@rikomrnk) 2017年12月1日
現在日本で認可されているHPVワクチンは2種類。2価ワクチンの「サーバリックス」と、4価ワクチンの「ガーダシル」だ。価というのはこの場合、何種類のHPVに効果があるかという意味で、サーバリックスはHPV16と18、ガーダシルはそれに加えて良性腫瘍の原因になるHPV6と11に有効。
これらのワクチンは思春期の少女に接種することが推奨され、HPVに対する免疫を獲得すれば子宮頸癌のリスクを大きく減らすことができる。感染による発癌は、子宮を失うだけでなく進行すれば生命の危機であるし、医療経済学的な視点からも望ましくない。
このワクチンを接種された思春期の少女に「副反応」が相次いだとして、反ワクチン論が蔓延り、国としても接種を推奨しないという謎対応になったことの詳細はWikipediaにもある。
医学や科学、もっといえば論理的な視点からみればワクチンの妥当性、社会的な有用性は疑うべくもないはずなのだが、日本では「不安」という感情が先行して世論を形成してしまう。それに一石を投じたのが村中さんの孤軍奮闘だ。
科学的裏付けの全くない (ある意味捏造といえるレベルの)ワクチンの危険性を喧伝したマスメディアだが、一連の騒動に対する日本 (国+マスメディア)の対応がWHOから非難されていることや、HPVワクチン中止を訴えた信州大学・池田修一教授らを中心とする研究班がそのデータの杜撰さ (捏造といえるレベルの)を指摘されていることなどはほとんど報道していないようだ。異様である。
中咽頭癌について
ここで耳鼻科医としては、近年増加傾向にある中咽頭癌について少し書いておきたい。「中咽頭」とは大雑把にいうと「のどちんこ」から舌の付け根までの、呼吸と食事の通り道。いわゆる扁桃腺が輪状に分布し免疫組織としても機能している。
扁桃組織もHPVが感染しやすい部位として知られており、子宮頸癌と同様に癌を発症する原因になる。酒・タバコが原因の「普通の中咽頭癌」に対してHPV陽性中咽頭癌は近年増加してきており、中咽頭癌の半数以上を占めるようになった。実際、いまウチの科で治療中の癌患者さんの多くが中咽頭癌で*1、その半数以上がHPV陽性である。
下図は米国の統計*2で、左が人口10万人中の発生件数、右が新規発症件数。過去の統計から今後の患者数を予測している。Cervixが子宮頸癌、Oropharynxが中咽頭癌。子宮頸癌よりも中咽頭癌のほうが患者数が増えてきており、2010年には「中咽頭癌にかかる男性」のほうが「子宮頸癌にかかる女性」よりも多くなってしまった。
HPV陽性中咽頭癌は酒・タバコ中咽頭癌よりも放射線治療や抗がん剤が効きやすいという特徴はあるが、悲惨な経過を辿る症例も多い。予防できるならそれにこしたことはない。このグラフをみると、いち耳鼻科医としては、男性にもHPVワクチンは接種されるべきというしかない。LGBTが市民権を得ている国々ではすでに男性・ホモセクシャル・バイセクシャルへの接種が推奨されているという。もし、男女全てにHPVワクチンが接種されるようになれば、中咽頭癌の大多数を予防できるのではないだろうか*3*4。
今回の村中さんの闘いが広く日本国民の知るところとなり、科学的思考が雰囲気世論を乗り越えてくれることを願わずにはいられない。
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*1:耳鼻科の癌は他に喉頭癌、下咽頭癌、舌癌、上咽頭癌、甲状腺癌、外耳道癌などがあるが、HPV発癌が起こるのは扁桃組織がある中咽頭癌に限られる
*2:http://ascopubs.org/doi/pdf/10.1200/JCO.2011.36.4596
*3:ワクチンについての面白い数学モデル。疾患根絶のために必要な接種率は99%。
http://dr-urashima.jp/pdf/kaneki-4.pdf
*4:HPV56、58など他の高悪性度HPVからの発癌もあるため、より多くのサブタイプに有効な多価ワクチンが望ましい